TSグループ

TSグループ はかつて存在した裏ビデオの製作グループの便宜上の通称。
単一チームではなく、製作費を出資するスポンサーと発注される複数の下請け制作班の集合体。


活動期間
1983年(昭和58年)~1984年(昭和59年)

グループ名の由来
正規版のラベルにアルファベットのTとSを合わせたようなロゴマークがあったことから
当時裏ビデオ評論家だった奥出哲雄によってつけられた通称。
TSマークについては関係していた裏本の印刷工場にたまたま置いてあった版を流用したという説がある。

ストーリー性のあるハイレベルな作品が特徴。
洗濯屋ケンちゃんやコンバットチームが摘発されて以後、求心力が失われた東京の裏ビデオ業界を牽引する形となった。


組織の誕生と全貌
トップのTS氏始め、瀬川監督、長谷川監督など関係者の多くが裏本・ビニ本業界出身者。
裏本で築いた流通ルートの活用を目論んで裏ビデオの制作を始めたのがTSグループ。
現場の制作班は3~4、制作班どうしの接触はなかったとされる。
長谷川監督のインタビュー記事でもそれが伺える。
「私達が制作を請け負ったものがTS作品として販売されていることを知ったのは友人に聞いたり
専門誌を見てからなんです。スポンサーと私達の間にはA氏というブローカーがパイプ役として入っていて
私達は注文されたものを予算内で制作したり人員集めをしたりといった仕事を行っていただけなんです」
「TSは複数の制作班を抱えていたようです。なぜなら私自身の知らないものが3~4作品ありますから」

組織図
スポンサー:?
ブローカー:A氏(T氏)。スポンサーと制作班の間に入って発注を指示。
                   
制作チームA:瀬川栄一監督の制作班
制作チームB:長谷川監督の制作班
      内部に民放テレビ関係者がおり、局内で編集された作品もある。
制作チームC:詳細不明、A(T)氏本人の制作班か。

後に奥出哲雄氏が瀬川監督と長谷川監督へのインタビューに成功している。



主な作品
チームA(瀬川グループ)
チームB(長谷川グループ)


活動停止
■スポンサーからの製作費が初期の2/3程まで落ちた為、労力とリスクに見合う作品が作れなくなった。
■販売本数の落ち込みや未回収金の増加による資金難。
■当局がグループに狙いを定めたとの情報が入った。
■ラブ・イズ・オーバーの販売先を巡る暴力団とのトラブル。


組織の再編と復活
一定期間の休眠後に残党によってTS氏以外の資金で制作を再開。
テープにTSのラベルが貼られることはなくなった。
製作費を頼ったのは主に大阪の大手裏ビデオ業者。

低予算の為、簡易的な作りになり、
ホテルの一室のみで撮影されたストーリー性のないものも増えていった。

再編後の1作目は初夏のころである。

コメディタッチな作風から人気が出たザ・ワイドショーミッチの性遊記などを制作した
通称東北グループ長谷川グループもTSから派生したグループである。
更に関係者が単発で別の制作班を集めたり、別スポンサーの下で作ったタイトルを含めれば、
1983年から1986年頃の関東物裏ビデオの多くがTS関係者の作品ということになる。



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  • 最終更新:2019-05-01 01:29:05

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